丸いホクロを切除すると、傷はどれくらいの長さになるのか——考えたことはありませんか。

実際には、良性の皮膚腫瘍を手術で切除する場合、腫瘍そのものが丸くても、皮膚は腫瘍より少し長い「紡錘形(ぼうすいけい)」に切除します。縫い合わせたあとの傷は一本の線になりますが、その長さは腫瘍の直径よりもかなり長くなります。「なぜ丸いものを取るのに、長い傷になるのか」というのは、外来で非常によく聞かれる疑問です。
私は形成外科医として日常的にこの手術を行っていますが、この「傷の長さ」には、実は明確な原理原則があります。教科書的な知識というより、実際に手を動かしてきた者としての実践知に近い話ですが、今回はこの原理をできるだけわかりやすく解説してみます。
この記事の前提について
はじめに前提を一つだけ確認させてください。この記事で扱うのは、良性の腫瘍で、かつ縫い縮められる大きさ・部位である場合の、最もオーソドックスな切除方法についてです。
腫瘍が大きすぎる場合や、皮膚が足りない特殊な部位では、皮弁や植皮といった別の方法が選択されることもありますが、そうした特殊なケースはここでは扱いません。多くの方が経験する「よくあるホクロ・しこりの日帰り手術」を想定して読み進めてください。
なぜ丸くくり抜かず、紡錘形に切除するのか

腫瘍が丸いなら、丸くくり抜けば傷も小さく済むように思えます。しかし実際に丸く切除して、そのまま皮膚を縫い寄せようとすると、傷の両端に皮膚が余り、盛り上がってしまいます。
そのため、良性腫瘍を切除して縫い縮める手術では、腫瘍を含めて紡錘形(両端が尖った紡錘、いわゆる「レモン形」に近い形)に皮膚ごと切除するのが標準的な方法です。丸いものをわざわざ細長い形に切ることで、傷をまっすぐきれいに縫い合わせられるようにしているのです。
傷の長さの目安——幅に対して3倍の長さ

この紡錘形の切除には、目安となる比率があります。腫瘍の幅(切除する部分の幅)に対して、長さがおよそ3倍になる紡錘形が、教科書的にはバランスが良いとされています。
たとえば直径5mmのホクロであれば、幅7mm・長さ21mm前後の紡錘形(※)になる、というイメージです。「思ったより長い」と感じる方が多いのですが、これには理由があります。
※良性の腫瘍を切除する場合は、「肉眼的な辺縁(腫瘍の端)から1mmほど距離をとって切除する」ことが多いです。なので、5mmの腫瘍でも両はしに+1mmで、7mmの皮膚切除が必要になります。
なぜ3倍の長さが必要なのか——dog earという現象

紡錘形の比率を小さくして、もっと短く切除できないのか、と思われるかもしれません。実際に幅に対して長さを短くして縫い縮めると、傷の両端に皮膚の盛り上がりができてしまうことがあります。これを**dog ear(ドッグイヤー)**と呼びます。文字通り、犬の耳のように皮膚がぴょこんと立ち上がって見える状態です。
これは、丸みのある皮膚を無理に短い直線で縫い寄せようとすることで生じる、いわば3次元的なひずみです。平面上では帳尻が合っているように見えても、実際の皮膚には厚みと丸みがあるため、縫い縮める長さが足りないと、その余った分がどこかに逃げ場を求めて盛り上がってしまうのです。
幅に対して長さを3倍程度確保しておくことで、このdog earが目立ちにくくなります(※完全になくなるわけではありません)。逆に言えば、傷の長さは、dog earを防ぐために意図的に確保されているということになります。
傷を短くしたい気持ちと、dog earのトレードオフ

「できるだけ傷を短くしてほしい」というご希望は、患者さんからも、そして正直なところ術者側からも、しばしば出てくる思いです。しかし、その思いを優先しすぎると、今度はdog earという別の問題が残ってしまいます。
dog earは、術直後がもっとも目立ち、時間の経過とともに少しずつ目立ちにくくなっていきますが、完全にゼロになることは難しいのが実際のところです。つまり「傷の長さ」と「dog earの目立ちにくさ」は、どちらかを立てればどちらかが引っ込むトレードオフの関係にあります。
この関係性をあらかじめ知っておくと、手術の説明を受けた際に「なぜこの長さなのか」がイメージしやすくなり、医療者との認識のギャップも小さくなるはずです。
傷の向きはどう決まるか——皮膚割線(RSTL)が基本
紡錘形の「長さ」だけでなく、「向き」にも原則があります。基本となるのは**RSTL(皮膚割線)**と呼ばれる、皮膚のシワに沿った方向です。この向きに沿って傷を作ると、傷跡が目立ちにくくなることが知られています。

ただし、この原則は常に絶対というわけではありません。実際の手術では、次のような要素を加味して、向きや形を調整することがあります。
- 腫瘍の形が楕円形の場合:RSTLよりも、傷が短く済む方向を優先することがあります
- 頭皮の場合:傷が目立たず隠れやすいか、髪の毛の流れを乱さないかを優先することがあります
- 前腕の場合:傷の向きが自傷行為の傷跡のように見えてしまわないよう、方向に配慮することがあります
このように、教科書的な原則をベースにしつつも、部位や腫瘍の形、見た目の印象など、さまざまな状況を加味して、実際の傷の大きさや向きは一つひとつ調整されています。
まとめ
- 良性腫瘍の切除(縫い縮められるケース)では、丸くくり抜くのではなく紡錘形に切除するのが基本
- 目安は幅に対して長さが3倍程度で、これはdog ear(傷の端の盛り上がり)を防ぐための工夫
- 傷を短くしたい思いとdog earは、トレードオフの関係にある
- 傷の向きは皮膚割線(RSTL)が基本だが、腫瘍の形や部位によって優先順位が変わることもある
こうした原理原則をあらかじめ知っておくと、実際に手術の説明を受けたときに、傷の大きさや向きについてイメージがしやすくなるはずです。
なお、腫瘍の種類によっては、こうした紡錘形切除とは異なる、より傷を小さくできる特殊な方法が選ばれることもあります。たとえば粉瘤(アテローム)の治療で用いられる「くり抜き法」もその一つです。この標準的な切除方法を踏まえたうえで、粉瘤の治療方法についても別記事で詳しく解説していきます。

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