前編では、「シミ」という言葉の裏に複数の異なる疾患が混在していることを解説しました。
後編では、もう一歩踏み込みます。
「IPLを何回やっても変わらない」「レーザーを当てたら逆に濃くなった」「トーニングを続けているが効果が出ない」——こうした声を、クリニックの現場でよく耳にします。なぜ治療しているのに良くならないのか。その理由と、治療効率を上げるために本当に大切なことをお伝えします。

この記事では、シミ治療に対する「期待値の誤解」を正直に解体します。医師として臨床現場で実感していることを、エビデンスの強弱を明示しながらお伝えします。
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シミは「1回で消える」ものではない
まず、最も重要な前提を共有します。
シミは、1回の治療で完全に消えることはほとんどありません。
Qスイッチレーザーやピコ秒レーザーによるスポット照射は、老人性色素斑に対して高い有効性が認められていますが、それでも1回の照射で完全に消失するとは限りません。色素斑の濃さ・大きさ・深さによって、複数回の治療が必要なことが多いです。
さらに照射後には、多くの場合「痂皮(かさぶた)」が形成され、それが剥がれるまで1〜2週間のダウンタイムが生じます。そして照射後2〜3週間で「炎症後色素沈着(PIH)」が生じることがあります。Qスイッチレーザーでは約4〜5割の方にPIHが起きるという報告もあり、「治療したら逆に濃くなった」という経験は、決して珍しいことではありません。
IPL(光治療)は複数回の照射が前提の治療で、通常3〜5回が必要です。肝斑が混在している場合は悪化のリスクがあります。
レーザートーニング(低出力Qスイッチ照射)は効果があるとされる一方で、色素脱失や肝斑悪化のリスクも報告されており、適応を慎重に見極める必要があります。
IPLとレーザートーニングの違い、ショットとトーニングの違いをしっかりと理解することも非常に重要です。
「消えた」ではなく「改善した」という言葉の方が、シミ治療の現実に近い。 治療ゴールは「完治」ではなく「コントロール」です。
IPL・トーニングをしても良くならない理由
「治療を続けているのに効果が出ない」という場合、主に3つの理由が考えられます。
理由①:診断が合っていない
前編でお伝えしたように、色素斑には複数の疾患が混在しています。ADM(後天性真皮メラノサイトーシス)に対してIPLやレーザートーニングを行っても効果はありません。ADMには真皮深達度の高いQスイッチレーザーまたはピコ秒レーザーの高フルエンス照射が必要です。
逆に、肝斑に対して老人性色素斑と同じ照射設定でレーザーを当てると悪化します。「何のシミか」が特定されていない状態での治療は、効果がないだけでなく、悪化のリスクを伴います。
理由②:背景の炎症が治まっていない
シミ治療でしばしば見落とされるのが、**皮膚の「背景にある炎症」**の問題です。
肝斑は炎症性疾患の側面を持ちます。また、強い摩擦(ゴシゴシ洗顔・強いマッサージ)や慢性的な紫外線曝露は、皮膚に慢性炎症を引き起こします。この炎症が続いている状態でレーザーを照射しても、メラノサイトが再び刺激されてメラニンを産生し、治療効果が打ち消されてしまいます。
「炎症のある土台の上に治療を積み重ねても、土台が崩れていく」——これが、治療しても良くならない最大の理由の一つです。
理由③:プレトリートメントなしで機器治療を始めている
専門家の間で共通認識になっているのが、機器治療の前にまず「プレトリートメント」を行うという考え方です。
内服・外用・スキンケアなどで皮膚の状態を整えてから機器治療に進むことで、治療効果が高まり、PIHなどの合併症リスクが下がるとされています。この順番を飛ばして、いきなりレーザーから始めることは、結果的に遠回りになりやすいのです。
「背景の炎症」をコントロールする

これを直接証明したRCTは現時点では存在しません。しかしプレトリートメントを行った方とそうでない方では、治療経過に明らかな差があります。臨床的な実感として正直にお伝えします。
では、背景の炎症をコントロールするために何ができるのでしょうか。
摩擦をゼロにする
シミ治療において、見落とされがちで最も重要な生活習慣の改善が「摩擦をなくす」ことです。
強い洗顔・タオルでのゴシゴシ拭き取り・コットンによるパッティング——これらはすべて、皮膚に対する機械的な刺激となり、メラノサイトを活性化させます。特に肝斑がある方では、摩擦が色素沈着の主要な悪化因子の一つとされています。
洗顔は泡で包むように優しく、タオルは押さえるだけ。コットンは使わず、手のひらで化粧水を馴染ませる。これだけで、皮膚の慢性炎症が軽減されることがあります。
紫外線対策を徹底する
どのタイプのシミであっても、紫外線はメラノサイトを活性化させる最大の外因です。治療中はもちろん、治療後のPIHが残っている時期の紫外線曝露は、色素沈着を長引かせます。
日焼け止めは、治療をしていない日も含めて毎日塗ること。これは「効果が出るかもしれない」レベルではなく、治療効果を維持するための必須条件です。
日焼け止めに関しては真剣に考えるべきでしょう。日焼け止めもたくさんの種類があります。肌に優しいノンケミカルでトラネキサム酸も配合されている付加価値の高いクリニック専売の日焼け止めもあります。少し予算を抑えた市販の日焼け止めも成分、性能が良いものが多くあります。行事や旅行で日焼けをしてしまっても、パックなどでアフターケアをしっかり行うことで炎症を最小限にとどめましょう。
トラネキサム酸内服の役割
シミ・肝斑治療においてトラネキサム酸の内服が処方されることがあります。「なぜ止血薬を肌に飲むのか」と疑問に思う方も多いですが、その役割は色素沈着の抑制にあります。
トラネキサム酸は、メラノサイトを活性化させる情報伝達経路を抑制するとともに、肝斑に見られる血管増生・炎症性サイトカインの産生も抑制することが示されています。つまり、色素の抑制と炎症のコントロール、両方に働きかける薬剤です。
特に肝斑では、トラネキサム酸内服が治療の基本中の基本とされており、複数の臨床試験でその有効性が示されています。ただし止血薬であるため、血栓・動脈硬化・梗塞病変の既往がある方は事前に医師への相談が必要です。
保湿・バリア機能のケア
肝斑の病変部では、角層のバリア機能が低下していることが研究で示されています。バリア機能が低下した状態では、外からの刺激を受けやすくなり、メラノサイトが活性化しやすくなります。
刺激の少ない保湿剤で肌のバリアを整えることは、地味に見えて治療効果を支える重要な基盤です。保湿に重点をおいた化粧水、特にセラミドを含有した化粧水を使用することをお勧めします。
日頃のケアが治療効率を上げる
ここで正直にお伝えします。
「日頃のケアが治療効率をグッと上げる」——これを直接証明したRCT(ランダム化比較試験)は、現時点では存在しません。
しかし、治療前にトラネキサム酸内服・外用・スキンケア指導などのプレトリートメントを2〜3ヶ月行ってから機器治療に進むことで、PIHリスクが下がり治療効果が高まるという臨床報告は複数あります。また、形成外科・皮膚科の専門家の多くが、この順番を実践しています。
僕としても臨床現場でも同じことを実感しています。プレトリートメントをしっかり行った患者さんと、行わずにすぐレーザーを始めた患者さんとでは、治療経過に明らかな差があります。これはエビデンスとして確立されたものではありませんが、臨床的な実感として正直にお伝えします。
「丁寧な準備が、治療を最短にする」——これがシミ治療の本質だと考えています。
治療のゴールを正しく設定する
最後に、最も重要なことをお伝えします。
シミ治療のゴールは「完治」ではなく「コントロール」です。
老人性色素斑は、治療で改善しても、紫外線曝露が続けば新しいシミが生じます。肝斑は、治療で色調が改善しても、トラネキサム酸を中止したり紫外線を浴びたりすると再燃することが多いです。脂漏性角化症も、レーザーで除去しても再発することがあります。
これは治療の失敗ではありません。皮膚の老化・ホルモン・紫外線という根本的な要因がある限り、色素斑は繰り返す可能性があります。だからこそ、「治して終わり」ではなく「良い状態を維持する」という長期的な視点が必要です。
クリニックを受診する際は、「何回で消えますか」という質問とともに、「再発した場合はどうすればいいですか」「日頃のケアで注意することは何ですか」という質問もしてみてください。この視点を持っているかどうかで、治療への向き合い方が変わります。
まとめ:治療の「順番」が結果を決める

「なぜ良くならないのか」の答えは、多くの場合、機器の問題ではなく順番の問題です。治療の前に土台を整える。これだけで、同じ治療の結果が大きく変わります。次の「肝斑の解体新書」では、この中で最も難しいシミの代表格・肝斑を深く解体します。
シミ治療で大切なのは、機器の選択よりも前に、正しい順番で治療に臨むことです。
まず正確な診断を受ける。次に背景の炎症をコントロールし、プレトリートメントで皮膚の状態を整える。そのうえで適切な機器治療を選択する。治療後も日頃のケアを継続して、良い状態を維持する。
この流れを理解した上でクリニックを受診することが、「治療したのに良くならない」という状況を防ぐ最も確実な方法です。
次の「肝斑の解体新書」では、シミ治療の中で最も難しい肝斑に焦点を当てます。なぜ肝斑はこれほど難治なのか、炎症という視点から深く解体していきます。
参考文献
── 美容医療の入口として ──


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